残業代請求
未払い残業代を請求する方法:証拠集めから労働審判までの5つのステップ
残業代が払われていないと気づいても、何から始めればよいか分からないという方は少なくありません。時効の確認、証拠の集め方、金額の計算、請求と交渉、労働審判・訴訟まで、5つのステップに分けて手順を解説します。
執筆 弁護士 松井春樹(第二東京弁護士会)公開 2026年10月4日更新 2026年10月4日
この記事のポイント
- 残業代の請求権は、各給料日から3年で時効になります(労働基準法115条・143条3項)。1か月ごとに、いちばん古い月の分から請求できなくなります。
- 労働時間の証拠は、タイムカードに限りません。パソコンのログ、メールの送信時刻、毎日つけたメモなども使えます。
- 交渉でまとまらなければ、原則として3回以内の期日で審理を終える労働審判を使えます(労働審判法15条2項)。
ステップ1:時効を確かめる
残業代を含む賃金の請求権は、当分の間、支払日から3年で時効になります(労働基準法115条・143条3項)。期間は各月の給料日の翌日から数えるため(民法140条)、1か月たつごとに、いちばん古い月の分から請求できなくなります。
時効が迫っているときは、内容証明郵便などで支払いを求める(催告する)と、その時から6か月間は時効が完成しません(民法150条1項)。この間に、交渉をまとめるか、労働審判などの手続に進みます。会社が未払いを認めた場合は、その時から新たに時効が進みます(民法152条1項)。
ステップ2:証拠を集める
裁判で残業代を請求するときは、実際に働いた時間を、原則として請求する側が示す必要があります。タイムカードがなくても、次のような記録を組み合わせて労働時間を示せることがあります。
- 会社の記録:タイムカード、勤怠システム、入退館記録、パソコンのログイン・ログオフの記録、業務システムの操作履歴
- 仕事の痕跡:業務メールやチャットの送信時刻、日報、上司からの残業の指示
- ご自身の記録:始業・終業の時刻と業務の内容を毎日書いた手帳やメモ、交通系ICカードの履歴、家族への「今から帰る」の連絡
- 賃金の資料:雇用契約書、労働条件通知書、給与明細、就業規則・賃金規程
会社には、労働時間の状況を把握する義務(労働安全衛生法66条の8の3)と、賃金台帳や労働時間の記録を保存する義務(労働基準法108条・109条)があります。会社が持っている記録は、弁護士から開示を求めます。応じない場合は、裁判所の証拠保全(民事訴訟法234条)や文書提出命令(同法220条・223条)を検討します。
証拠を集めるために、会社の機密情報や他人の個人情報を大量に持ち出すと、別のトラブルの原因になることがあります。何をどこまで手元に残すかは、事前にご相談ください。
ステップ3:金額を計算する
残業代は「1時間あたりの基礎賃金×割増率×残業時間」で計算します。月給制の基礎賃金は、月給から家族手当・通勤手当・住宅手当など除外できる手当を差し引き(労働基準法37条5項・労働基準法施行規則21条)、1か月の平均所定労働時間で割って出します(同規則19条1項4号)。
- 時間外労働(1日8時間・週40時間を超える労働):25%以上。1か月60時間を超える部分は50%以上(労働基準法37条1項・割増賃金令)
- 深夜労働(午後10時から午前5時まで):25%以上を加算(同法37条4項)
- 法定休日の労働:35%以上(割増賃金令)
たとえば、除外する手当のない月給30万円、1か月の平均所定労働時間160時間の方が、毎月30時間の時間外労働をしていた場合、1時間あたりの基礎賃金は1,875円で、1か月の残業代は1,875円×1.25×30時間=約7万円、3年分で約253万円になります(端数の処理や、深夜・休日の割増は考慮していません)。
退職した方の未払い賃金には、原則として退職日の翌日(退職後に支払日が来る分は支払日の翌日)から、年14.6%の遅延利息がつきます(賃金の支払の確保等に関する法律6条1項・同法施行令1条)。
「管理職だから」「固定残業代を払っているから」と説明されていても、法律上は残業代が発生していることがあります。会社の説明は、そのまま受け取らずに確かめてください。
ステップ4:請求書面を送り、交渉する
計算した金額と根拠、勤怠記録などの開示の求め、回答の期限を書いた書面を、内容証明郵便で会社に送ります。書面が届いた時から6か月間、時効の完成が猶予されます(民法150条1項)。
交渉では、会社から開示された勤怠記録をもとに、金額を詰めていくことが多くあります。合意するときは、支払額と支払期限に加えて、「ほかに請求しない」という清算条項の範囲を確かめてください。
在職中の請求で不利益な扱いを受けないかが心配な場合は、請求の時期や方法を一緒に決めます。労働基準監督署に申告したことを理由とする解雇などの不利益な取扱いは禁止されています(労働基準法104条2項)。
ステップ5:労働審判・訴訟で請求する
- 労働審判:裁判官1名と、労働関係について専門的な知識経験を持つ労働審判員2名が審理します(労働審判法7条・8条・9条2項)。原則として3回以内の期日で審理を終え(同法15条2項)、平成18年から令和6年までに終了した事件の平均審理期間は82.6日です(裁判所「労働審判手続」)。話し合いによる解決(調停)を試み、まとまらなければ審判が出されます。審判に異議が出されると、訴訟に移ります(同法21条1項・22条1項)。
- 訴訟:判決で支払いを命じてもらう手続です。裁判所は、未払いの残業代と同額までの付加金の支払いを命じることができます(労働基準法114条)。付加金は、違反のあった時から3年以内に請求する必要があります(同条ただし書・143条2項)。また、裁判所が付加金を命じるまで(事実審の口頭弁論が終わるまで)に会社が未払い分を支払えば、付加金は命じられないとするのが判例です(最高裁昭和51年7月9日判決、最高裁平成26年3月6日判決)。
労働基準監督署に申告する方法もありますが、監督署は会社に是正を指導する行政機関で、あなたの代理人として金額を計算したり、会社と交渉したりはしません。
弁護士に相談するタイミング
退職を決めたとき、時効が迫っているとき、会社が記録を出してくれないときは、早めにご相談ください。手元の資料で何が足りないか、請求できる金額の見込みと費用を、ご依頼の前にお伝えします。
執筆 弁護士 松井 春樹
第二東京弁護士会所属。弁護士法人越水法律事務所。東京大学法学部卒業後、森・濱田松本法律事務所を経て現職。テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」でスポットワークの労働問題を解説(2025年9月)。
公式プロフィール ↗参考資料
- 労働基準法(e-Gov法令検索)
- 労働基準法施行規則(e-Gov法令検索)
- 民法(e-Gov法令検索)
- 労働安全衛生法(e-Gov法令検索)
- 民事訴訟法(e-Gov法令検索)
- 労働基準法第三十七条第一項の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低限度を定める政令(e-Gov法令検索)
- 賃金の支払の確保等に関する法律(e-Gov法令検索)
- 労働審判法(e-Gov法令検索)
- 厚生労働省「未払賃金が請求できる期間などが延長されています」
- 裁判所「労働審判手続」
- 最高裁判所第二小法廷 昭和51年7月9日判決(付加金・集民118号249頁)
- 最高裁判所第一小法廷 平成26年3月6日判決(ホッタ晴信堂薬局事件・付加金の基準時)
法令は2026年10月4日時点の内容です。個別の事案への当てはめは、事情によって異なります。
関連する解説
- 残業代請求固定残業代(みなし残業代)が無効になる場合:判例の基準と差額の請求固定残業代があっても、残業代を請求できる場合があります。最高裁判例が示す「判別できること」「残業の対価であること」の基準、無効になった場合の計算、超過分の請求を弁護士が解説します。
- 解雇・退職退職勧奨を断ったら解雇される?断り方と、会社が解雇できる条件退職勧奨に応じる義務はありません。断り方の注意点、断った後に解雇された場合の考え方、退職に応じる前に確認したいことを弁護士が解説します。
- 労働災害うつ病・適応障害は労災になる?パワハラ・長時間労働の認定基準と申請の進め方仕事が原因のうつ病や適応障害も、認定基準を満たせば労災保険の対象です。2023年9月改正の認定基準の3つの要件、パワハラ・長時間労働の評価、申請の進め方と不支給への不服申立てを弁護士が解説します。