労働災害
うつ病・適応障害は労災になる?パワハラ・長時間労働の認定基準と申請の進め方
パワハラや長時間労働が原因でうつ病や適応障害になった場合、労災保険の給付を受けられることがあります。厚生労働省の認定基準(2023年9月改正)の要件と評価の仕方、申請の進め方を解説します。
執筆 弁護士 松井春樹(第二東京弁護士会)公開 2026年10月4日更新 2026年10月4日
この記事のポイント
- 認定の要件は、①対象となる精神障害の発病、②発病前おおむね6か月の間の業務による強い心理的負荷、③業務以外の心理的負荷や個体側の要因による発病とは認められないこと、の3つです。
- 発病直前の1か月におおむね160時間を超える時間外労働などの「特別な出来事」があれば、それだけで強い心理的負荷と評価されます。
- 不支給の決定には、決定があったことを知った日の翌日から3か月以内に審査請求ができます(労働保険審査官及び労働保険審査会法8条1項)。
労災と認められるための3つの要件
厚生労働省の「心理的負荷による精神障害の認定基準」(2023年9月改正)は、次の3つをすべて満たす場合に、業務上の疾病として扱うとしています。
- 認定基準の対象となる精神障害を発病していること
- 発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
- 業務以外の心理的負荷や個体側の要因により発病したとは認められないこと
対象となる精神障害は、国際疾病分類(ICD-10)の「精神および行動の障害」に分類されるもので、認知症や頭部外傷による障害、アルコールや薬物による障害は除かれます。業務に関連して発病することの多い代表的なものとして、うつ病や急性ストレス反応などが挙げられています。適応障害も対象に含まれます。
「強い心理的負荷」はどう評価されるか
業務による心理的負荷は、認定基準の「業務による心理的負荷評価表」に当てはめて、「強」「中」「弱」の3段階で評価されます。「強」と評価されれば、2の要件を満たします。
特別な出来事:次のような出来事があれば、それだけで「強」とされます。
- 生死にかかわる、極度の苦痛を伴う、または永久に働けなくなる後遺障害を残す業務上の病気やけがをした
- 本人の意思を抑圧して行われたわいせつ行為などのセクシュアルハラスメントを受けた
- 発病直前の1か月におおむね160時間を超える時間外労働を行った(3週間におおむね120時間以上など、これと同程度の時間外労働を含む)
具体的な出来事:特別な出来事がない場合は、出来事ごとの例示に照らして評価します。たとえば、次のような場合は「強」と評価される例として示されています。
- 上司などから、人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性がない、または業務の目的を大きく逸脱した精神的攻撃が執拗に行われた(パワーハラスメント)
- 発病直前の2か月間連続して、1か月あたりおおむね120時間以上の時間外労働を行った
- 発病直前の3か月間連続して、1か月あたりおおむね100時間以上の時間外労働を行った
「中」程度のパワーハラスメントでも、会社に相談しても適切な対応がなく改善されなかった場合などは、「強」と評価されることがあります。出来事の前後に月100時間程度の時間外労働が続いていた場合も、評価が引き上げられることがあります。複数の出来事があれば、全体を総合して評価します。
2023年9月の改正では、顧客や取引先、施設利用者などからの著しい迷惑行為(いわゆるカスタマーハラスメント)や、感染症などの病気や事故の危険性が高い業務への従事が、評価の対象となる出来事に加えられました。
悪化した場合・自殺の場合
すでに発病していた精神障害が悪化した場合について、2023年9月の改正により、悪化の前おおむね6か月以内に「特別な出来事」がなくても、業務による強い心理的負荷によって、自然経過を超えて著しく悪化したと精神医学的に判断されるときは、悪化した部分について労災と認められるようになりました。
業務による心理的負荷で精神障害を発病した人が自殺を図った場合は、精神障害によって正常な認識や行為の選択能力などが著しく阻害された状態で自殺が行われたものと推定され、原則として業務によるものと扱われます。ご遺族は、遺族補償給付などを請求できます。
申請の進め方
- 医師の診断を受ける:診断名と、いつ発病したかが判断の出発点になります。
- 出来事を時系列でまとめる:いつ、誰から、何をされたか(言われたか)、労働時間がどう変わったかを、発病前6か月を中心に整理します。
- 証拠を集める:録音、メール・チャット、日記やメモ、勤怠記録やパソコンのログ、社内の相談窓口に相談した記録、同僚の証言などです。
- 労働基準監督署に請求する:療養補償給付や休業補償給付の請求書を、所轄の労働基準監督署に提出します。会社が証明を拒んでも、請求はできます(厚生労働省)。
- 監督署の調査:監督署が、本人・会社・同僚からの聞き取りや、医師の意見などをもとに判断します。精神障害の事案は、調査に時間がかかることがあります。
療養や休業の給付の請求は、費用を支払った日や休業した日の翌日から2年で時効になります(労働者災害補償保険法42条1項)。2027年4月1日以後に生じた疾病のうち政令で定めるもの(厚生労働省は精神疾患なども想定)は、5年に延びます。2027年3月31日以前に発病した場合は2年のままです(令和8年法律第60号附則5条)。
業務上の病気で療養のために休業している期間と、その後30日間は、原則として解雇が禁止されています(労働基準法19条1項)。
不支給とされたとき
労働基準監督署長の不支給決定に納得できない場合は、決定があったことを知った日の翌日から3か月以内に、都道府県労働局の労働者災害補償保険審査官に審査請求ができます(労働保険審査官及び労働保険審査会法8条1項)。審査官の決定にも不服があれば、労働保険審査会への再審査請求か、裁判所への取消訴訟を選べます(労働者災害補償保険法38条1項・40条)。どの出来事がどう評価されたのかを確かめ、足りなかった資料を補うことが出発点です。
会社への損害賠償
労災の給付とは別に、会社が長時間労働やハラスメントを放置していた場合は、損害賠償を請求できることがあります。最高裁は、使用者は、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷などが過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うとしています(最高裁平成12年3月24日判決・電通事件)。過重な業務が続き、体調の悪化が会社からも分かる状況だった事案で、労働者が自分の精神的な健康に関する情報を会社に伝えていなかったことを理由に、賠償額を減らすことはできないとした判例もあります(最高裁平成26年3月24日判決)。
弁護士に相談するタイミング
休職中で労災を申請するか迷っている、会社が協力してくれない、不支給の決定を受けた、といった段階でご相談ください。発病前の出来事と証拠を整理し、申請から会社への請求まで、見通しをお伝えします。
執筆 弁護士 松井 春樹
第二東京弁護士会所属。弁護士法人越水法律事務所。東京大学法学部卒業後、森・濱田松本法律事務所を経て現職。テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」でスポットワークの労働問題を解説(2025年9月)。
公式プロフィール ↗参考資料
- 厚生労働省「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(令和5年9月1日付け基発0901第2号)
- 厚生労働省「精神障害の労災認定」(パンフレット)
- 厚生労働省「精神障害の労災補償について」
- 厚生労働省「心理的負荷による精神障害の労災認定基準を改正しました」
- 労働者災害補償保険法(e-Gov法令検索)
- 労働基準法(e-Gov法令検索)
- 労働保険審査官及び労働保険審査会法(e-Gov法令検索)
- 厚生労働省「労災保険に関するQ&A」
- 厚生労働省「労災保険の審査請求制度」
- 厚生労働省「労働者災害補償保険法等の一部を改正する法律(令和8年法律第60号)の概要」
- 厚生労働省 通達「労働者災害補償保険法等の一部を改正する法律の公布について」(基発0717第2号)
- 最高裁判所第二小法廷 平成12年3月24日判決(電通事件)
- 最高裁判所第二小法廷 平成26年3月24日判決(東芝事件・集民246号89頁)
法令は2026年10月4日時点の内容です。個別の事案への当てはめは、事情によって異なります。
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