残業代請求
固定残業代(みなし残業代)が無効になる場合:判例の基準と差額の請求
「うちは固定残業代(みなし残業代)だから、残業代は出ない」と説明されることがあります。固定残業代は、条件を満たせば残業代の支払いとして認められますが、超えた分は別に支払う必要があり、条件を欠けば残業代を払ったことになりません。最高裁判例の基準に沿って解説します。
執筆 弁護士 松井春樹(第二東京弁護士会)公開 2026年10月4日更新 2026年10月4日
この記事のポイント
- 固定残業代が残業代の支払いと認められるには、通常の賃金と残業代にあたる部分を判別でき、その手当が時間外労働などの対価として支払われていることが必要です(最高裁令和2年3月30日判決、最高裁平成30年7月19日判決など)。
- 有効な固定残業代でも、実際の残業代がその額を超えれば、差額を請求できます。
- 無効とされると、固定残業代の分も基礎賃金に含めて計算し直すため、請求額が大きく増えることがあります。
固定残業代とは
固定残業代は、一定時間分の残業代を、実際の残業時間にかかわらず毎月定額で支払う方法です。「基本給に月20時間分の残業代を含む」のように基本給に組み込む形と、「営業手当」「業務手当」のように手当として支払う形があります。
最高裁は、労働基準法37条は、同条などに定められた方法で計算した額を下回らない割増賃金を支払うことを義務づけるもので、計算方法そのものを同じにすることまでは求めていないとしています(最高裁平成30年7月19日判決)。そのため、固定残業代という支払い方が直ちに違法になるわけではありません。問題は、その支払いが、法律上の残業代の支払いと認められるかどうかです。
残業代の支払いと認められるための2つの条件
1つ目は、通常の賃金と残業代にあたる部分を判別できることです。
- タクシー運転手の歩合給について、時間外・深夜の割増賃金にあたる部分を判別できないとして、残業代を支払ったとは認めませんでした(最高裁平成6年6月13日判決・高知県観光事件)。
- 月の労働時間が一定の時間を超えた場合に限って追加の支払いをする月給制で、基本給のうち残業代にあたる部分が区別されていなかった事案でも、同様に判断しています(最高裁平成24年3月8日判決・テックジャパン事件)。
- 年俸1,700万円の医師について、年俸に残業代を含める合意があっても、残業代にあたる部分を判別できない以上、年俸の支払いで残業代を払ったことにはならないとしました(最高裁平成29年7月7日判決・医療法人社団康心会事件)。
2つ目は、その手当が時間外労働などの対価として支払われていることです。最高裁は、雇用契約書などの記載内容のほか、使用者の労働者への説明の内容や、実際の労働時間などの勤務状況といった事情を考慮して判断するとしています(最高裁平成30年7月19日判決・日本ケミカル事件)。
- 時間外労働の有無や多さにかかわらず賃金の総額がほぼ決まる仕組みのまま、それまで通常の賃金だった部分を、名目だけ残業代に置き換えた賃金体系について、残業代の支払いとは認めませんでした(最高裁令和5年3月10日判決・熊本総合運輸事件)。
- 歩合給の計算で残業代に相当する額を差し引く仕組みについても、残業代を支払ったことにはならないとしています(最高裁令和2年3月30日判決・国際自動車事件)。
確かめたい5つのポイント
- 雇用契約書・労働条件通知書・就業規則に、固定残業代の金額と、それが何時間分の残業代かが書かれているか
- 基本給と固定残業代が分けて書かれているか。「基本給には残業代を含む」とだけ書かれていないか
- 固定残業代の時間数を超えた残業について、差額が支払われているか。給与明細に残業時間が記載されているか
- 実際の残業時間が、固定残業代の時間数と大きくかけ離れていないか
- 固定残業代を除いた賃金を時給に直したとき、最低賃金を下回っていないか(時間外労働に対する賃金は、最低賃金の計算に含めません。最低賃金法4条3項2号・同法施行規則1条2項)
職業安定法に基づく指針は、労働者を募集する際に固定残業代を採用する場合は、固定残業代を除いた基本給の額、固定残業代に関する労働時間数と金額などの計算方法、固定残業時間を超える時間外労働などに追加で割増賃金を支払う旨を明示することとしています(職業安定法に基づく指針 第三の一(三)、厚生労働省のリーフレット)。
固定残業代の時間数が極端に長い場合には、その定めを無効とした裁判例もあります。月80時間分の時間外労働を前提とする固定残業代の定めについて、公序良俗に反して無効とした例があります(東京高裁平成30年10月4日判決・イクヌーザ事件)。時間外労働の上限は、原則として月45時間・年360時間とされています(労働基準法36条4項)。
差額の請求と、無効になった場合の計算
固定残業代が有効でも、実際の残業代がその額を超えれば、差額を請求できます。固定残業代が無効とされると、その分は残業代を払ったことにならず、さらに通常の賃金として基礎賃金に含めて計算し直します。
月給30万円(基本給24万円、32時間分の固定残業代6万円)、1か月の平均所定労働時間160時間で、毎月50時間の時間外労働をしていた例で比べます(深夜・休日の割増や端数の処理は考慮していません)。
- 固定残業代が有効な場合:基礎賃金は24万円÷160時間=1,500円。残業代は1,500円×1.25×50時間=9万3,750円で、固定残業代6万円との差額3万3,750円が毎月の未払い額です。3年分で約121万5,000円です。
- 固定残業代が無効な場合:基礎賃金は30万円÷160時間=1,875円。残業代は1,875円×1.25×50時間=約11万7,000円で、全額が未払いです。3年分で約422万円です。
どちらになるかで、請求額は大きく変わります。退職した方の未払い賃金には、原則として年14.6%の遅延利息もつきます(賃金の支払の確保等に関する法律6条1項)。
弁護士に相談するタイミング
固定残業代が何時間分か分からない、超えた分が払われていない、給与明細に残業時間が書かれていない、といった場合は、雇用契約書と給与明細をお手元にご用意のうえ、ご相談ください。
執筆 弁護士 松井 春樹
第二東京弁護士会所属。弁護士法人越水法律事務所。東京大学法学部卒業後、森・濱田松本法律事務所を経て現職。テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」でスポットワークの労働問題を解説(2025年9月)。
公式プロフィール ↗参考資料
- 労働基準法(e-Gov法令検索)
- 最低賃金法(e-Gov法令検索)
- 最低賃金法施行規則(e-Gov法令検索)
- 賃金の支払の確保等に関する法律(e-Gov法令検索)
- 職業安定法に基づく指針(平成11年労働省告示第141号)第三の一(三)
- 厚生労働省・都道府県労働局・ハローワーク「固定残業代を賃金に含める場合は、適切な表示をお願いします。」
- 最高裁判所第二小法廷 平成6年6月13日判決(高知県観光事件・集民172号673頁)
- 最高裁判所第一小法廷 平成24年3月8日判決(テックジャパン事件・集民240号121頁)
- 最高裁判所第二小法廷 平成29年7月7日判決(医療法人社団康心会事件)
- 最高裁判所第一小法廷 平成30年7月19日判決(日本ケミカル事件)
- 最高裁判所第二小法廷 令和5年3月10日判決(熊本総合運輸事件)
- 最高裁判所第一小法廷 令和2年3月30日判決(国際自動車事件)
- 東京高等裁判所 平成30年10月4日判決(イクヌーザ事件・労働判例1190号5頁)
法令は2026年10月4日時点の内容です。個別の事案への当てはめは、事情によって異なります。
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