遺産相続
相続放棄の前にしてはいけないこと:預金の引き出し・遺品整理・葬儀費用の注意点
亡くなった方に借金がありそうなときは、相続放棄を考えることになります。ただ、放棄の前に遺産に手を付けると、放棄が認められなくなるおそれがあります。預金の引き出し、遺品の整理、葬儀費用の支払いなど、迷いやすい行為ごとに考え方を整理します。
執筆 弁護士 松井春樹(第二東京弁護士会)公開 2026年10月4日更新 2026年10月4日
この記事のポイント
- 相続財産の全部または一部を処分すると、単純承認をしたものとみなされ、相続放棄ができなくなるおそれがあります(民法921条1号)。
- 遺産から葬儀費用を支払ったことや、経済的価値のほとんどない遺品の形見分けを、処分にあたらないとした裁判例があります。ただし、範囲を超えると処分とされるおそれがあります。
- 家庭裁判所が相続放棄の申述を受理しても、放棄が有効かどうかは、後に債権者との訴訟などで争われることがあります。
遺産に手を付けると、相続放棄ができなくなることがある
相続人は、自分のために相続が始まったことを知った時から3か月以内に、相続を承認するか放棄するかを決めます(民法915条1項)。この期間内に、相続財産を調査することもできます(同条2項)。
ただし、相続人が相続財産の全部または一部を処分すると、単純承認(借金も含めてすべてを引き継ぐこと)をしたものとみなされます(民法921条1号)。そうなると、後から相続放棄を申し立てても、効力が否定されるおそれがあります。財産の現状を保つための行為(保存行為)や、短期間の賃貸は、処分にあたりません(同号ただし書)。
最高裁は、この「処分」にあたるには、相続人が、自分のために相続が始まったことを知りながら処分したか、少なくとも亡くなったことを確実に予想しながらあえて処分したことが必要だとしています(最高裁昭和42年4月27日判決)。
どの行為が処分にあたるかは、行為の内容や金額などから個別に判断されます。以下は、相談の多い行為について、考え方の目安をまとめたものです。
迷いやすい行為ごとの考え方
- 預金の引き出し・解約:亡くなった方の預金を引き出して自分の生活費などに使うと、処分にあたるおそれが高い行為です。相続人が相続財産である債権を取り立てて受け取ることは処分にあたるとした判例があり(最高裁昭和37年6月21日判決)、引き出すこと自体が処分とされるおそれがあります。相続放棄を考えているなら、原則として手を付けないでください。
- 葬儀費用の支払い:亡くなった方の貯金から葬儀費用を支払ったことは処分にあたらないとし、仏壇・墓石の購入に充てたことも、借金があると知らなかったこと、社会的にみて不相当に高額とまではいえないこと、不足分を自己負担したことなどから、明らかに処分にあたるとはいえないとした裁判例があります(大阪高裁平成14年7月3日決定)。ただし、どこまでの金額が許されるかは事案によります。できればご自身のお金で支払い、遺産から支払った場合は、領収書を必ず残してください。
- 入院費・施設費・公共料金などの支払い:亡くなった方の預金から支払うと、相続財産で借金を返したことになり、処分にあたるおそれがあります。ご自身のお金で支払うことは、一般に相続財産の処分にはあたらないと考えられています。ただし、相続放棄をすれば亡くなった方の借金を払う義務はなくなる一方、支払ったお金は戻らないことが多くあります。請求を受けても、放棄するかどうかを決める前に支払うことは避け、支払う場合は、遺産から払ったと疑われないよう記録を残してください。
- 遺品の整理・形見分け:経済的価値のほとんどない衣類などの形見分けは、処分にあたらないとした裁判例があります(東京高裁昭和37年7月19日決定)。一方で、時計・貴金属・ブランド品など、売れば値がつく物を持ち帰ったり、売ったり、捨てたりすると、処分とされるおそれがあります。価値の判断に迷う物は、写真で記録したうえで、そのまま保管してください。
- 賃貸住宅の解約・明け渡し:亡くなった方が借りていた部屋の賃借権も、相続財産です。相続人として賃貸借契約を解約したり、家財を処分して部屋を明け渡したりすると、処分にあたるとされるおそれがあります。大家さんや管理会社から明け渡しを求められても、すぐには応じず、まずご相談ください。
- 車の名義変更・売却・廃車:相続財産である車の名義を変えたり、売ったり、廃車にしたりすると、処分にあたるおそれがあります。
- 携帯電話などの解約:財産的な価値のない契約を解約するだけであれば、相続財産の価値を減らすものではなく、一般に処分にはあたらないと考えられています。ただし、解約にともなって返金を受け取る、端末の残りの代金を遺産から払う、といった場合は、上の預金や支払いと同じ問題が生じます。
相続放棄をしても受け取れるもの
- 受取人に指定された死亡保険金:保険金の受取人が、保険契約に基づいて自分の権利として受け取るもので(保険法42条)、相続財産ではありません(最高裁昭和40年2月2日判決)。相続放棄をしても受け取れます。ただし、亡くなった方自身が受取人になっている入院給付金などは相続財産にあたるため、注意が必要です。
- 未支給年金:亡くなった方が受け取るはずだった年金のうち未払いの分は、一定の遺族が自分の名前で請求するものです(国民年金法19条、厚生年金保険法37条)。国民年金法の未支給年金について、相続とは別の立場から一定の遺族に支給を認めたもので、相続の対象にならないとした判例があります(最高裁平成7年11月7日判決。昭和60年改正前の国民年金法の事案)。
相続放棄の手続と、放棄した後の注意点
相続放棄は、家庭裁判所に申述して行います(民法938条)。申述先は、亡くなった方の最後の住所地(相続が開始した地。民法883条)を管轄する家庭裁判所です(家事事件手続法201条1項)。3か月で財産の調査が終わらない場合は、期間内に家庭裁判所へ期間の伸長を申し立てることができます(民法915条1項ただし書)。
注意したいのは、家庭裁判所が申述を受理しても、それで相続放棄の有効性が最終的に確定するわけではない点です。放棄が有効かどうかは、後に債権者との訴訟などで争われることがあります(最高裁昭和29年12月24日判決)。受理の前に遺産を処分していた場合、債権者から単純承認を主張されるおそれは残ります。
放棄をした後でも、相続財産を隠したり、ひそかに使ったりすると、単純承認をしたものとみなされることがあります(民法921条3号)。また、放棄の時に亡くなった方の家などを現に占有している場合は、ほかの相続人や相続財産清算人に引き渡すまで、自分の財産と同じ注意をもって保存する必要があります(民法940条1項)。
相続放棄をした人は、初めから相続人でなかったものとみなされます(民法939条)。同じ順位の相続人(ほかの子など)がいればその人が相続し、同じ順位の全員が放棄すると、次の順位の人(亡くなった方の親や兄弟姉妹など)が相続人になります(民法887条・889条)。借金がある場合は、相続人になる可能性のある方にも事情を伝えておくと、無用な混乱を避けられます。
弁護士に相談するタイミング
督促状が届いた、遺品の整理や部屋の明け渡しを急かされている、すでに遺産から支払いをしてしまった、といった段階でご相談ください。すでに遺産に手を付けていても、行為の内容や時期によっては、相続放棄が認められる余地があります。
執筆 弁護士 松井 春樹
第二東京弁護士会所属。弁護士法人越水法律事務所。東京大学法学部卒業後、森・濱田松本法律事務所を経て現職。テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」でスポットワークの労働問題を解説(2025年9月)。
公式プロフィール ↗参考資料
- 民法(e-Gov法令検索)
- 家事事件手続法(e-Gov法令検索)
- 保険法(e-Gov法令検索)
- 国民年金法(e-Gov法令検索)
- 厚生年金保険法(e-Gov法令検索)
- 裁判所「相続の放棄の申述」
- 最高裁判所第一小法廷 昭和42年4月27日判決(民集21巻3号741頁)
- 最高裁判所第一小法廷 昭和37年6月21日判決(集民61号305頁)
- 大阪高等裁判所 平成14年7月3日決定(家庭裁判月報55巻1号82頁)
- 東京高等裁判所 昭和37年7月19日決定(東京高等裁判所判決時報民事13巻7号117頁)
- 最高裁判所第三小法廷 昭和40年2月2日判決(民集19巻1号1頁)
- 最高裁判所第三小法廷 平成7年11月7日判決(民集49巻9号2829頁)
- 最高裁判所第三小法廷 昭和29年12月24日判決(民集8巻12号2310頁)
法令は2026年10月4日時点の内容です。個別の事案への当てはめは、事情によって異なります。
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